あいむあらいぶ

東京の中堅Sierを退職して1年。美術展と映画にがっつりはまり、丸一日かけて長文書くのが日課になってます・・・

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【ネタバレ有】映画「ムーンライト」感想・考察とあらすじ解説!/逆境下、自分を取り戻す若者を美しく静かに描いた名作!

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【2017年4月4日更新】

かるび(@karub_imalive)です。

3月31日に封切られた映画「ムーンライト」を見てきました。今年度アカデミー賞作品賞を始め、3部門受賞した話題作です。

早速ですが、映画を見てきた感想やレビュー、あらすじ等の詳しい解説を書いてみたいと思います。
※本エントリは、ほぼ全編にわたってストーリー核心部分にかかわるネタバレ記述が含まれますので、何卒ご了承下さい。

1.映画「ムーンライト」の基本情報

<映画「ムーンライト」公式予告動画>

動画がスタートしない方はこちらをクリック

【監督】バリー・ジェンキンス
【配給】ファントム・フィルム
【時間】111分

製作総指揮にはブラッド・ピット。2014年のアカデミー賞作品賞に輝いた「それでも夜は明ける」に続いての栄冠です。悲惨なプライベートと対照的に、彼の映画界でのキャリアは充実一途ですね。

作品中では、黒人でゲイの主人公、シャロンの半生が、印象的な3場面に分けて描き出されます。登場人物はオール黒人。

長編映画は2作目となる新人に近い監督で、制作費が150万ドルとハリウッド作品では異例な低予算作品でありながら、世界最高峰の映画賞に輝くあたりは、まさにアメリカンドリームだなぁと思わされます。

2.映画「ムーンライト」主要登場人物とキャスト

主人公シャロンと準主役のケヴィンについては、幼少時代、青年時代、成人後と3つの時期をそれぞれ別々の人物が演じています。全く別々の人物が演じているのに、映画を通して見ると、一人の「シャロン」という同じ人物に見えてくるという不思議さは、今作での見どころの一つです。

シャロン幼少時代(アレックス・ヒバート)
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ほとんどしゃべらない内向的な少年時代を演じた少年。マイアミの地元の少年を起用するため、ジェンキンス監督とプロデューサーでくまなく街中に出演者募集のビラを貼って回るなど、探し歩いたそうです。登用の決め手は、「幼い目に映る物静かな好奇心と脆弱性」(パンフレットより)だったとのこと。

シャロン青年時代(アシュトン・サンダース)f:id:hisatsugu79:20170401142046j:plain

現在シカゴのでポール大学で演劇を専攻中の現役大学生。ロサンゼルスで開催したキャストオーディションで発掘されました。過去にいくつかインディペンデント映画で主演を務めた経験があるそうです。

シャロン成人後(トレヴァンテ・ローズ)f:id:hisatsugu79:20170401141401j:plain

体はマッチョに鍛え上げられ、ネックレスと金歯でいかつく武装しているが、憂いをたたえた半開きの目が少年時代からの悲しみを内側に湛えた感じが素晴らしかったです。主にTVドラマシリーズで活躍中で、最新だとNetFlixのオリジナル「Burning Sands」で主演を務めているとのこと。かつては、その独特の甘いマスクから、短距離陸上競技の人気選手だったとのこと。

フアン(マハーシャラ・アリ)f:id:hisatsugu79:20170401141443j:plain

本作品で、アカデミー賞助演男優賞を受賞。映画「ハンガー・ゲーム」シリーズを始め、最新作では「ニュートン・ナイト」やこれから公開が待たれる話題作「Hidden Figures」などハリウッド作品で大活躍中。個性的な顔つきは、一度見ると忘れられないですよね。

ケヴィン成人後(アンドレ・ホーランド)
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主にアメリカのTVドラマシリーズで活躍中で、映画作品で目立った起用歴は今回が初めてのようです。実年齢は37歳ですが黒人男性の年齢は外見からだと非常にわかりづらい・・・。

ポーラ(ナオミ・ハリス)f:id:hisatsugu79:20170401142014j:plain

本作品でアカデミー賞助演女優賞にノミネート。過去作品に「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズや「素晴らしきかな、人生」「サウスポー」など、数々の作品での出演歴があるロンドン出身のベテラン俳優です。本作品では全部で撮影時間が2日間しかなかったという超タイトスケジュールの中、麻薬中毒のダメな母親を熱演しました。

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3.映画「ムーンライト」結末までのあらすじ(※ネタバレ注意)

3-1:Little(幼少時代)

シャロンは幼少時代からよくいじめられていた。今日も、数人の少年に追いかけられ、公団住宅の空き家でひっそりと身を隠して、いじめっ子が立ち去るのをじっと待っていた。

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その日、いつもと違ったのは、彼に助けが現れたことだった。地域での麻薬売人の元締めをしているフアンが彼を見つけ、連れ出してくれたのだ。フアンはシャロンに夕飯を食べさせ、自宅に連れ帰ったが、人見知りで内向的なシャロンは一切口を開こうとしなかった。

フアンの妻テレサが代わりにフォローすると、ようやくシャロンは自分の名前と住んでいる場所を一言ぼそっとつぶやいたのだった。フアンがシャロンを自宅まで送り届けると、母のポーラが心配して待っていたのだった。

シャロンには、ケヴィンという特別気の合う友達がいた。シャロンのことを気にかけ、内面の心の強さを認めてくれる親友だった。

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その後も、フアンは何度かシャロンを気にかけて誘い出してくれた。一番の思い出は、フアンと海へ行ったこと。フアンから泳ぎ方を初めて教わり、彼がキューバからの移民で、幼少時月明かりに美しく体が青光りしたことから「ブルー」と呼ばれていたエピソードや、「自分の道は自分で決めろ、周りに決して決めさせるな」とアドバイスももらった。

しかしシャロンが家に帰ると母のポーラは相変わらず良い顔をしなかった。母は麻薬中毒者で、家には愛人を引き入れていたため、シャロンはいつも家で孤独だった。母ポーラがフアンに良い顔をしなかったのは、母への麻薬の売人がフアンだったからだ。麻薬を売捌いておきながら、子供の育児に口出しする欺瞞を見抜かれていたのだった。

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ポーラは、シャロンを愛していたが、麻薬中毒で常に情緒不安定だった。そして息子のゲイとしての資質を受け止めきれず、トラウマが残るくらいシャロンに辛く当たることもしばしばだった。

まだ幼いシャロンは自らがゲイであるとまだハッキリ認識できていなかったが、フアンは彼に「ゲイとして誇りを持て」と勇気づけた。

しかし、シャロンは母親にドラッグを売り渡しているのがフアンであると気づき、フアンがそれを認めると、フアンの元を去った。

3-2:Chiron(青年時代)

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それから数年が過ぎ、シャロンは相変わらず「ゲイ」であることを理由に、クラスでいじめの対象となっていた。特に、テレルというクラスメイトがシャロンに辛く当たる事が多かった。

シャロンは、相変わらず自宅で居場所がなかった。母は娼婦として自宅にしょっちゅう客を連れ込んでいたし、仕事をしていない時はドラッグ中毒のため情緒不安定で機嫌が悪かった。

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その日も、居場所がなかったシャロンは、テレサの元に久々に泊まりに行った。フアンが亡くなってからも、時々遊びに行っていたのだった。しかし、自宅に帰るとドラッグ中毒の母親は、シャロンを責め、彼がテレサから貰った小遣いまで巻き上げるのだった。

別の日も、シャロンはテレサの元へ泊まりに行く途中で、クラスメイトからからかわれてしまい、その日とうとう行く場所がなくなってしまった。終電まで駅のホームで過ごし、駅が閉まると、シャロンは海辺へ移動した。月明かりの中、海沿いの砂浜に腰を下ろすと、偶然ケヴィンと出会った。

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しばらく二人でドラッグをやりながら静かに話していたが、そのうちどちらからともなく良い雰囲気になり、二人はキスをして互いに慰め合うのだった。

その日、シャロンが家に帰ると既にポーラは寝ていたが、ドラッグが効いている最中だったのかいつになく母は優しかった。

翌日、学校でテレルの差し金により、ケヴィンは衆人監視の下、シャロンを殴らなければならない状況に陥った。仕方なく何発か殴ったが、シャロンは静かに何度も立ち上がり、無抵抗のままだった。教師が止めに入るまで、シャロンはテレル達に殴られ続けたが、その日、とうとうシャロンは自分の中で怒りが抑えきれなくなっていた。

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翌日、シャロンは遅刻してクラスルームに入っていくと、おもむろに椅子を手に取ると、テレルの頭上から思い切り振り下ろし、何度もテレルを動かなくなるまで殴りつけた。シャロンは、すぐに取り押さえられて刑務所へ入ることになった。

3-3:Black(成人後)

それから数年後、服役を終えて社会復帰したシャロンは、麻薬更生施設に入った母と一緒にアトランタに移住した。そして、別人のように体を大きく鍛え上げ、服役中に知り合ったツテで麻薬の売人として地域でのし上がっていたのだった。

いかついネックレスに金歯で高級車を乗り回し、生前のフアンそっくりなマッチョな麻薬の売人となっていたシャロンに、ある日母親からメッセージが入り、面会を求めてきた。

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翌日、約束通りシャロンは母親に会いに行った。更生施設で正気を取り戻した母親から過去の振る舞いについて心から謝罪を受け、ようやく母親と和解することができた。

そして、更正施設から戻ると、今度はケヴィンから電話があった。その後、ケヴィンもまた刑務所へ収監されていたが、刑務所内で行った料理実習がきっかけで、レストランのシェフとして働いているとのことだった。ケヴィンは、シャロンに会いにこないかと誘ったのだった。

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シャロンは、特に約束をせず、ある日突然ケヴィンの働くレストランを訪ねていった。ケヴィンとシャロンは固く抱き合い、ケヴィンは手料理でシャロンをもてなし、二人はレストランの中で近況を報告しあった。

ケヴィンは、現在一児の父となり、妻との間に恋愛感情はないものの、家庭生活は充実していた。しかし、シャロンが現在麻薬の売人をしていると素直に打ち明けると、ケヴィンは険しい顔つきになった。

レストランの閉店後、シャロンはケヴィンを自宅まで送り、夜も遅くなったため、海沿いにあるケヴィンの家に泊まることにした。

シャロンは、ケヴィンに対して、「俺の体に触れたのは生涯で一人だけ、ケヴィンだけだ」と告げ、改めてケヴィンへの愛を告白した。その晩、二人は結ばれたのだった。そして、この日久々にシャロンは本当の自分を取り戻すことができた。

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4.映画「ムーンライト」感想・評価(※ネタバレ有)

4-1.様々な要素が絡んだ重いテーマを扱った映画でした

本作は、フロリダの100%黒人で構成される地区で「ゲイ」として生きる主人公シャロンの幼少期~成人後までの半生を描いていきます。黒人社会特有の文化や、貧困や麻薬中毒などの社会問題、LGBT問題や家族や友人との絆など、様々に絡み合ったテーマが、美しく詩的な映像美の中で淡々と展開していく映画でした。

映画内で主人公たちの喜怒哀楽もありますが、その感情表現は終始控えめで、鑑賞者のカタルシスが大きく開放されるような場面もありません。場面場面の描写は様々なメタファーに満ちていて、エンディングも主人公の行く末は鑑賞者の想像に委ねられる「オープンエンド」な終わり方をします。

正直な所、見終わった後は、「感動した!」というより、自分の中で言語化しづらい様々な思いや考えが交錯して、モヤモヤッとした感覚のまま映画館を出ることになりました。いわゆる、アート系映画によくありがちな、ちょい消化不良感が残る感じでした。

その後、パンフを見たり様々なレビューを読んだりして、自分なりに熟考する中で、だんだんとこの映画が本当に伝えたかったことが何なのか見えてきましたが、本作は何度か見直していくうちに、静かに感動が広がっていく『スルメ』タイプの映画であることは間違いありません。この手の映画、結構好きです。

4-2.主人公達の苦境とは対照的に美しい映像

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一見してすぐにわかるのは、映像が非常にきれいなことです。貧困、ドラッグ、LGBTの差別と偏見、いじめ等々、様々な問題で抑圧され、押しつぶされそうになる主人公達の苦境とは対照的に、どこまでも青く美しい画面に目を奪われました。

ネット上にアップされたレビュー等で、「新海誠のアニメ映画での美麗な背景画と似ている」との指摘がいくつかありましたが、全く同感です。

本作の原案となった戯曲「In Moonlight Black Boys Look Blue」のタイトルが示すとおり、画面全体にブルー系のエフェクトが薄くモヤのようにかかりつつ、映画のほぼ全編にわたって、画面上を「青色」が支配します。各キャラクターが着用している服はほぼ青系統ですし、家具や小物類、学校のカベや柱に至るまで、とにかく「青」が目立つように画面が計算されていました。(一部はVFXで青くしているとの情報あり)

貧困、差別、麻薬中毒とあらゆる苦境の中もがき苦しむ主人公の心情とは対照的に、青く晴れ渡った美しいフロリダの風景は、見どころの一つです。

4-3.矛盾と苦痛だらけの前半部分

今作は、幼少時代、青年時代、成人後と3章構成で物語が進んでいきますが、特に幼少時代~青年時代にかけて、主人公シャロンを取り巻く環境は悲惨そのものです。

シャロンは、低賃金で麻薬中毒の売春婦を母に持つ黒人貧困層の母子家庭に育ちました。貧しい上、情緒不安定な母親から愛情を十分受けることができず、半分育児放棄のような形で多感な時期を過ごします。その上、彼は自分で自覚しないうちから周りに「ゲイ」であると見抜かれ、学校でも家でも責められ、いじめられるのです。

その上、父親のように暖かく接してくれたフアンは、一方でシャロンの母親にドラッグを売りつける売人で、シャロンの家庭を間接的に崩壊させた張本人でもあるという物凄い矛盾。そして、いじめっ子に一矢報いたそのたったひとつの「間違った」暴力行為で、あっさり逮捕収監されてしまうアメリカ社会の黒人に対する偏見。家でも外でもどこにいても心が休まらない抑圧された環境に、ただじっと黙って耐えているシャロンは痛々しくて心がざわつきました。

4-4.最終章で大切な二人と和解し、ようやく「自分」を取り戻すシャロン

この映画は貧困、麻薬、LGBT、人種問題など様々なテーマが絡み合いますが、最終的にこの映画で一番の核として打ち出されたメッセージは「どんな状況であっても自分自身であること」の大切さであると感じました。

前半部分でフアンが幼少時のシャロンに海で泳ぎ方を教えるシーンがあります。この描写は、シャロンが「人生という大海を自分の力で渡っていく重要性を初めて教わり、自分の心に刻んだ」メタファーとも取れる重要なシーンです。その直後「自分の人生は自分で決めろ。他人に決して決めさせるな」と実際にフアンのセリフとしても直接語られます。

まさにこの部分が本映画の最大のポイントでした。

度重なるいじめに耐えかね、怒りに任せていじめっ子を殴って収監されてから、シャロンは完全に自分を失ってしまいます。第3章のタイトル「ブラック」とあるように、彼は、厳しい現実を生き抜くために自分の本質とは真逆のような鋼のような肉体を作り上げ、あれだけ忌み嫌った麻薬の売人になってしまいます。車のナンバープレートも「BLACK315」、自らの服装も黒ずくめで、完全に自分の心を閉ざしてしまいました。

しかし、そこから母親との和解、ケヴィンとの再会を通して、最終的に彼は心を再び開き、クライマックスでは自分自身がこれまでひた隠しにしてきた「ゲイ」である自分をケヴィンに開示することで、とうとう自分を解放するきっかけをつかんだのでした。

ラストで幼少時のシャロンが月明かりの中、満月を見上げるシーンがありましたが、自分自身が何者であったのか思い出し、幼少時以来失っていた自分自身を取り戻したシャロンの心情を的確に表現した素晴らしい描写だったと思います。月明かりに映るシャロンの体が「青く」光り輝いた名シーンでした。

4-5.自分自身と向き合うには膨大な時間がかかる

最後はシャロンが自分自身を取り戻して静かなハッピーエンドを迎える本作ですが、母親のポーラ、親友のケヴィンも含め、彼らは物語のスタートから15年以上の長い時間をかけて、ようやくそれぞれ本当の自分を取り戻していきます。

シャロンは「ゲイ」である自分の気持ちを素直に表現することで第一歩を踏み出しましたし、ケヴィンは服役中に「料理人」としての面白さに目覚め、本当にやりたいことを見出します。ポーラは、施設に入り麻薬中毒を克服しつつ、自らの息子の性癖をもようやくまるごと受け入れられるようになりました。

経済的状況や世間体、周りの期待、社会条件など様々な要素が絡み合う中で、自分自身の気持ちに素直になり、自分らしく生きていくことは、大人になればなるほど難しくなっていきますよね。社会や周囲の評判、世間体、常識などにがんじがらめになり、他人からの評価からなかなか自由になることができません。

僕自身も、現在は会社を辞めてやってみたかったフリーランス(兼専業主夫)として活動していますが、思い立ってから前職で退職を決意するまで8年もかかりました^_^;周りの評価や世間体、経済的な状況などを考え、自分の気持に素直に向き合えないまま、ダラダラとサラリーマン生活を続けてストレスを貯めていたのです。

自分自身と向き合い、自分が何者なのかを素直に表現するのは、簡単ではありませんが、たとえ時間がかかったとしても、その境地に到達する大切さを改めて本作から教えられました。

5.伏線や設定などの考察・解説(※ネタバレ有)

5-1.「ラ・ラ・ランド」を超えた?!アカデミー賞作品賞をはじめ、3部門で受賞した名作!

本作は、アカデミー賞での3部門受賞を含め、すべての賞レースで242部門にノミネートされ、合計189部門で受賞するなど、下馬評ではダントツオスカーNo.1候補の話題作となった「ラ・ラ・ランド」の220部門ノミネート、185部門受賞を超える実績を叩き出しました。前哨戦となる「ゴールデングローブ賞」の実績と合わせて、以下にまとめてみました。

◯「ムーンライト」賞レース実績一覧f:id:hisatsugu79:20170401145321p:plain

受賞者が白人しかいなかった、批判を受けた前年度のアカデミー賞からの反動や、アカデミー賞の審査員に有色人種が大幅に増員された効果などもあったかと思います。

しかし、ゲイのカウボーイの男同士の純愛を描いたLGBTモノの傑作「ブロークバック・マウンテン」が2006年のアカデミー賞最多部門でノミネートされながら、主要部門での受賞を逃した10年前に比べて、確実に映画界も成熟してきたのだな、という印象です。

5-2.本当にあった実話をベースとして描かれたストーリー

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(引用:https://www.nytimes.com/2017/01/04/movies/moonlight-barry-jenkins-tarell-alvin-mccraney-interview.html?_r=0

今作を見た人は、映画内の登場人物の赤裸々なリアルさに驚かれたかと思います。それもそのはず、本作の脚本は、バリー・ジェンキンズ監督と共同脚本を手掛けたタレル・アルバン・マクレイニーの経験した実話がミックスされて組み立てられているからです。

両者とも、マイアミの貧困街区「リバティー・シティ」で生まれ、小学校が一緒だったことや、母親が両方共ドラッグ中毒で、エイズに罹患したという共通項を持っています。内気でゲイなシャロンはマクレイニーの幼少~青年時代そのものだと言いますし、フアンのロールモデルは孤独な幼少期、マクレイニーに優しかった彼の叔父をモデルにしたそうです。(その後叔父はマクレイニーが6歳の時、撃たれて死亡)

限りなく実在感のあるストーリーは、100%実話ではないにしても、マイアミで育った監督と脚本家二人の回想が忠実にミックスされた実際の経験談から作られていたのですね。

5-3.「ホモフォビア」(同性愛嫌悪)と不可分なアメリカ政治

特にオスカーを獲得するようなハリウッド映画作品は、必ず作品のテーマの中に時事的・社会的な問題が描き出されていますが、本作で特に強く浮き彫りにされたのは、アメリカ社会での根強いLGBTへの差別問題でした。

学校や地域でのいじめ・差別は日常茶飯時ですし、家庭内においても、シャロンの母親は息子のことを愛しつつも、心の奥底で拭い難い嫌悪感をシャロンに対して抱き、シャロンを丸ごと受け入れることができません。ドラッグで抑えが利かない酩酊状態の時、繰り返し彼にトラウマを与えるほどシャロンを強く拒絶します。

LGBT先進国である一方で、このような「ホモフォビア」(同性愛嫌悪)がアメリカで根強く残る一つの理由として、しばしば歴代の政治指導者が求心力を保つために強烈に「ホモフォビア」を活用して大衆を扇動してきた歴史があると言われています。

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(引用:Wikipediaより)

第二次大戦後、マッカーサーはアメリカ国内での「赤狩り」と一緒に同性愛も厳しくバッシングしましたし、「強いアメリカを取り戻す」と宣言したレーガンや80年代以降の共和党の指導者は、伝統的な家父長制を重んじる一方で、LGBTには非常に冷たい政策方針を打ち出してきました。

そういう意味では、LGBT問題を正面から捉えた本作がオスカーを獲得し、世界的に知名度を得て公開上映されたことは社会的にもインパクトが大きかったと思います。

5-4.敢えて回収されなかった伏線や設定が多数!

今作では、最終章でのシャロンの「変容」こそがメインテーマとしてフォーカスされていたため、詳細なストーリーの伏線部分は敢えてぼかされるか、鑑賞者の判断に委ねられているケースがほとんどです。

例えば、以下のような設定・伏線はただストーリー中では事実として語られるのみで、論理的な説明がなく放置されています。

◯ケヴィンは元からゲイだったのか?
◯シャロンとケヴィンはその後結ばれるのか?
◯シャロンはどうやって麻薬の売人になれたのか?
◯なぜフアンは死んでしまったのか?
◯母親はなぜ施設に入っていたのか?その経緯は?

こうした部分を一つ一つ自分で確認して行くのも面白いですね。

5-5.アメリカ版「聲の形」という感想も?

上映後、ネット上での感想で面白かったのは、主人公のシャロンは、昨年秋にスマッシュヒットしたアニメ映画「聲の形」でのヒロイン、硝子(しょうこ)と似ている、という意見でした。

映画「聲の形」でのヒロイン、硝子は、幼少期から耳が聞こえず、上手くしゃべれないことから幼少時に陰湿なイジメを受けますが、じっと反撃せずに耐えています。しかし、ある日とうとう感情が爆発し、イジメの首謀者だった主人公の将也につかみかかり取っくみあいの喧嘩をして、その直後に小学校を転校していくのです。

こうした前半部分での物語構造の類似性や「差別」「いじめ」など、扱ったテーマの共通性は、驚くほど相似形になっていました。気になったら、こちらも是非チェックしてみてくださいね。

6.まとめ

本作は、感情を揺り動かされる、というより、静かな余韻の中、じっくり色々と考えさせられる映画でした。脚本を書いたバリー・ジェンキンズとタレル・アルバン・マクレイニーの「自伝」とも言える、リアルな人物造形やストーリーをじっくり味わってみてください。それではまた。

かるび

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7.映画をより楽しむためのおすすめ関連映画など

関連作品1:ブロークバック・マウンテン

2006年のアカデミー賞監督賞など3部門で受賞。ダークナイトのジョーカー役を最後に早逝した天才俳優、ヒース・レジャーと、個性的な演技派俳優、ジェイク・ギレンホール扮する西部のカウボーイが送る20年越しの純愛を描いた作品。ブロークバックの美しい風景がどこまでも印象的な傑作でした。

関連作品2:リリーのすべて

女性性に目覚め、世界初の性的適合手術を受けた男性の半生を描いたデンマーク人の実話をベースとした数奇なストーリー。妻だったゲルダは夫アイナーの変化をすべて受け入れますが・・・。ファンタスティック・ビーストで主役を務めたエディ・レッドメインの演技が素晴らしいです。Amazon Prime加入者は、2017年4月現在見放題となっています。